今日の時間をもう少し楽しんでいたいが眠気でぶーくぶく日記
増えるわかめの、中の人のコト。
2011-06-30 (木) | 編集 |
いやはや、はっきりしなーい状態なのは、毎度!
いちおう?、医者的には、ほぼ戻ったと断定したらしい?(片方だけなのは変わりないが)
でも、年的に見ると、もうすぐ女でなくなるお年頃…w

排卵頑張ってしてくれていても、ホルモン的にちょい頼りないのがあるためか、内膜がちょい普通よりうっすいとか(妊娠はしにくくなるですな)、妊娠したとしても、持続出来ないとかになるっぽいなー。
こーなったら、子の(もちろんコレから命となる子ですぞ)気分次第w
確か、仏教的にだったか? 子の都合でしか来ないとか…。産まれてくる時も、子の都合でしか陣痛こないしねーw


旦那はん、私ともに、もう期待しないでいよう…
そして、俺がバイク買う!とかゆーてたら、来るんとちゃうか?w と、言ってたのもあり、本気でバイクを買う算段をしてる感じではあるなw
夢を持つのはいいことだ?w


うん。ちょっと、期待したい今日この頃の、基礎体温の高温期持続&調子悪さですよ…w


2012年3月26日
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どーでもいいだろうが、書いておいておこう。
2011-06-30 (木) | 編集 |
19○○年、10月8日の夕方誕生。
ちょいと未熟児で産まれたのだが、季節が良かったのも手伝って、保育器には入ってませんw
が、母親の家系的に、乳が出ないってのががあったので、当時としては?珍しい人工乳&乳母育ち。
人工乳ってのが、当時の流行?であった雪○のミルクってのが合わなく(すんげー下痢になったそうだ)、日本の数少ないメーカーのものを、全部試したが合わなくて、結局外国もの(らしい)が一番合ったようで、それに落ち着いたようだ(メーカーは聞いてないw)。

ちょっと大きくなると、偏食が激しく(いもなら、いもだけのように同じものしか食べなかったらしい)、勘が鋭く(常に目くじらが立ってたらしい。)、肌もアトピーっぽく&ひじょーに弱く(桜の木の下にいただけでかぶれたとゆー経歴あり)、ひじょーに扱いにくい子だったらしい?

小学校入学したものの、カルチャーショック?みたいなもので、登校拒否に…
私のおかんとゆー人は、竹をわったような性格の漢前な人で、イヤなら、行こうとゆう気持ちになるまで、行かなくていい!とゆーたらしい。
が、結局病気がちってのも手伝って、行ったり行かなかったりは多かったかも?

高校だけは行っとけ。でも、落ちたら働けってことで、公立1本のみ受験。
3年間、病人のような白さだね?と先生に言われつつ、卒業。

大学も、高校と同じように1本のみ。もちろん落ちたので(w、そのまま働く。

当時おやじが大嫌いで、初任給が出たとたん、家を出ました…w

いい時代だったかも? 今とは違い、選り好み出来るぐらい、仕事はたーんとあったワケですから、色々と経験させてもらいましたねぇ…w

調子をどかっと崩し、その時に見た親の姿にドキッとしたので(すんげー年取ってたよ)、実家へ…

おやじが、糖尿から色んな病気になりだしましたかねー…
目も2回?ほど手術してるし、透析までやってたしと…
まあ、今は桜がキレイに咲く、見晴らしのいい墓地公園で眠ってますよ…



籍を入れてから、入院しているおやじに、籍入れたからと、自後報告w(その前から、一緒に住んでいたので)
2年ほどで、第1子妊娠。9ヶ月いっぱいまで本屋で働いておりました。
臨月入ってからのベビー用品揃えとかゆー、けっこうのんびり屋?w 
が、わりに早くから子が降りてきていたのと、よく私が動いていたってのも手伝って?、お産は初産とは思えないぐらいの超スピード出産。
朝6時過ぎに陣痛始まったのに(もちろん、ギリギリまで家事をこなしてましたよw)、へその緒が肩に巻いてるからと、なにをハサミでジャキーンと、麻酔なしで切った後(w、夕方には第1子目出産w
夜には、自分で歩いてトイレに行っておりましたw
1週間後に、溶けてない糸を抜かれるのが(埋没法?みたいので、ひじょーに丁寧に縫っていただきましたヨ)、ひじょーにイタイ経験として思い出します…w


第1子目の時は、ひどい精神状態でしたねー。なにせ、里帰りなんてしませんし、回りに頼れるものはいませんし、帰ってくるのが遅いしと(旦那はんね)。
よくぞ生きてたって感じでしょうか。なにせ、上の子は「先天性股関節脱臼」ってなものもあったので、初産の上に、手伝ってくれるものもなし、股関節脱臼ってゆー障害もありで、まさにどん底。
一番近くに居る、お姑さまってのが、私とはまったくの反対に位置する人ですので(健康、乳もかなり出た、障害もってる子は産んでない)、無知ゆえに、私を傷つける言葉を、あびせたものです。
気をつけましょう?w 無知とは、恐ろしいものですよ…


第2子は、2年半年後に出産。これまた、7ヶ月から降りてきてしまってたような状態で、薬で止めてましてな状態w
陣痛始まったのが、またもや朝6時で、病院向かったのが、3センチ開いた(子宮口がですなw)状態で、その後かなり早く開ききっていたのに、私が呼ばないもので、先生が看護婦さんを怒りつつの、いきみが上手に出来なかったため&頭がちょいとデカカッタので、なにが裂けた状態で昼出産w(いい経験デスヨー。痛いんじゃないのよ。熱い、焼けるような感覚でした)

お腹の中からせわしない子であったが、首が出ただけで産声をあげ(想像してごらんなさい?w)、産まれてからもせわしなく、2ヶ月で首が座り、6ヶ月で伝い歩き、9ヶ月で歩くとゆーよーな、超スピード成長?w
現在、歯切れの悪い?ちょっと登校拒否児に…w



私の年中調子悪いってのが、アレルギー体質ってのもあるだろうが、血流の悪さってのも上がるだろうなぁw
最初に、卵巣の肥大と不全ってので、婦人科へ通いだしたのが運のつき?
調子が戻ったのは半年ほどであったか…
2011年の、東北の大地震が起こった日ぐらいに、第3子妊娠発覚。
が、9週で繋留流産。流産手術で発覚したのが、胞状奇胎の悪い方の状態で、繊毛癌。卵巣のう腫。
現在、右肥大のまま、機能停止(排卵出来なくなった)。お亡くなり…
左も、ゆーほどいい状態とは言えないので、先は見えているのと同じっつーこったですな。

女の人の場合、卵巣から女性ホルモンってのが出てるワケで、ここがおかしくなると、ホルモンバランスが崩れまして、どうしても精神的に不安定な状態になるわけです。
正常に働いていても、生理前なんてので、ひじょーに分かりやすい人周りにいるでしょ?w
あーゆー手のが、この先自分の中で整理?が付くまで、付き合っていかないとなんですなー。
そーです。更年期ってやつです。女性特有のものってワケではないですが(男性にもありますからね?)、年をひしひしと感じる今日この頃ってやつです…。


が、どーも最近の基礎体温的に見て、またオカシイ。
体温が下がらないのだ。普通、低温期と高温期と、分かれるグラフになるのだが、高温のままなのだ…
先生が、恐れてた状態ではあるのだよ…
繊毛癌ってのが、妊娠をすると出すホルモンってのがあるのだが、それを出すものらしく(妊娠もしてないのにだ)、高温のままの状態になるらしい…
更年期とは違うのだ。更年期とゆーのは、女性ホルモンが出なくなるので起こるのであって、出なくなると低温のままがふつーっぽいのだ…
繊毛癌ってのは、筋肉にめりこんで繁殖するものらしいので、他に転移しやすいものらしいのね…
なので、薬で卵巣の状態を戻そうとすると、残ってるとしたらこの癌細胞にいい状態を作り出してしまうってことになるらしい…


どーなんだオレ。精神的に、ひじょーにダメージになってるので、一番よろしくない状態を作り出しているとは思うのだが…


2012年2月1日状態


どーやら、インフルエンザを挟んだため?か、それとも肥大のままの卵巣の方が、ホルモンだけは頑張って出しているせいなのか、短い周期で上がったり下がったり。落ちたと思ったら上がったりの周期が短い。低温期間が短いのだよ…
これはこれで、ますます卵巣の状態がよろしくないとゆー証で、終わりが近づいてきてるかーと自覚してみたり…
ほんとに残念だなー…
男の子を出来れば産んでみたかったな…
これからもずーっと思うんだ。精神状態が悪い時は、3号(第3子目)と一緒になくなればよかったのにと…


2012年2月4日状態


どーも、肥大だった方のががんばった?のか、排卵をしたらしい?
そう。疑問系でしか分からない。腹水が溜まってるらしい…。まあ、ホルモン治療の後などで、複数排卵(ってゆーのか?)なんてな状態になると、ままある事らしいのだが…。
どーりで、お腹がキツイ?(Gパンがね) 体重が、短い周期で変わるなーと、思ってただけある?
ホルモン的には、まあよろしいな血液検査。来週に、もっかい見ようらしい。
地味に、高い位置をキープしたままの高温期の体温が、どんな結末を知らせてくれているのだろうかと、興味あるな…w
なんにせよ、大豆だけは毎日かかさずでないと、もう体的に無理っぽいのか?(代替女性ホルモンになるでしょ?)
毎日、大豆製品を取るってのが、考えるのがめんどーになったので、炒った大豆を(売ってるものね)、おやつがわりにボリボリボリ…
口の中で、黄な粉になって、めーっちゃ口の中の水分飛んで行きます(^^;


2012年2月19日状態